信州筑摩三十三ヶ所観音霊場

信州筑摩三十三ヶ所観音霊場
画像は気ままな和煦の筆すさび様よりお借りしました。

 来週17日金曜日に、「信州筑摩三十三ヶ所観音霊場例大祭」で演奏をさせていただきます。

 霊場というのは「神仏の霊験あらたかな場所」の意味で、神社、お寺ほか神聖視される場所のことをいい、古くから信仰の対象になっています。現在でもお遍路さんや修験者の方などが多く訪れているようです。

 四国八十八ヶ所霊場遍路がたぶんいちばん知られている霊場めぐりと思いますが、「信州筑摩三十三ヶ所観音霊場」のように、日本各地には様々な霊場(霊場めぐり)があります。(実は伊藤公朗の実家もお寺で、八十八ヶ所霊場ではありませんが、義母が生きていたころには、よくお遍路さんがいらして「お接待」をされていたようです。)

 今回演奏させていただくのは観音霊場で、観音霊場は三十三のご寺院で構成されていることがほとんどです。「三十三」とは、観音経において観音様が人々の悩みや苦しみを救済する為に三十三の姿に身を変えることからきています。観世音菩薩様は慈悲と智慧により、すべての人々を救済する仏様です。

at:<長照寺>松本市笹賀3284
第1部 9:30:法要と式典
第2部 10:00〜:伊藤公朗:シタール/伊藤美郷:タンブーラ・うた/伊藤快:ギター・コーラス
お問い合わせ:0263-58-4444

☆お時間にご都合が つかれる方はどうぞお出かけくださいませ。観音様に喜んでいただけるような演奏会にできれば・・と心から願っています。(かなり難しい??・・・でも心を尽くしてがんばりたいです。)

信濃三十三観音札所めぐり(参考までにご紹介します。)

 「巡礼」とは、宗教における聖地・霊場を参拝することであり「観音巡礼」は観世音菩薩に出合う旅であります。この「観音巡礼」の起源は次のような 話があります。養老2年(718年)、大和長谷寺を開山した徳道上人が、病により仮死状態になり、そして冥土の入口で閻魔王に会ったのですが、「おまえが 死ぬのはまだ許さない。世の中にはたくさん苦しんでいる人がいるのだから三十三観音霊場を作り、人々を救うため巡礼をすすめなさい。」と告げられます。そ して現世に戻された徳道上人は「三十三の宝印」にしたがい、三十三の霊場を設けて庶民に巡礼を説いたと伝えられています。そして約270年後、花山法王に よりこの巡礼が世間に広く知れ渡るようになりました。

 札所になっているお寺にはそれぞれの縁起や伝承があり、そこにはご本尊さまにまつわる多くの物語があります。そして札所は二つとないご本尊 さまとご縁を結ぶ場所であります。日常の世界から非日常の世界の旅に出て、長い間護持信仰されてきた観音さまに出会うことで、自分自身を見つめ直し、素直 な気持ちで祈ることで清らかな心になることでしょう。救い、癒し、自己再生の旅、それが観音巡礼といえるでしょう。

 

“信州筑摩三十三ヶ所観音霊場” への 2 件のフィードバック

  1. 和喣です。写真を借りたということですが、どうぞお使い下さい。演奏会にも行きたいところですが、さすがに会社を閉めて行くわけにもいかないので無理ですね。
    いろんな場所に霊場がありますが、いつか・・・近い将来に四国の歩き遍路に出たいなと思っています。
    今は遍路さんの手記を読んだりの妄想遍路です。^^ 妄想は得意ですから。アハ^^

    1. 早々に承認いただき、ありがとうございます。お仕事では演奏会にいらしていただくのは、ちょっと無理ですね・・またいつかぜひお出かけください、
      わたし達夫婦は、松本市に10年程住んでいました。今は長男家族が引き続きその家に住んでいるので、松本にはたびたび行っています。(また松本に戻りたいです。)
      四国は夫の郷里ですので、わたし達もいつか歩き遍路に出たいと思っています。楽器を乳母車みたいなのに積んで、トボトボ行く感じになります・・

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