Anjali Indian Music 北インド音楽と楽器の紹介
インド音楽を易しく、楽しく解説します。
これであなたも北インド古典音楽の魅力にはまります・・
インド音楽を簡単に表現すると、約束ごとを厳守しながらの即興演奏といえます。
インド音楽の歴史
インド古典音楽は神話の時代までさかのぼります。
古代インドの音楽家ほど、音楽を高い次元に位置づけた人々はいないのではないでしょうか。それはまさに純粋な、神々への讃歌でありまた神々と一体化するための手段でした。
紀元前400年ころには、すでに音楽理論に関する記述が見られていますが、その時代から数千年の時を経て現代に至っていますが、インド古典音楽と言われている音楽も、またその音楽に取り組む姿勢もいにしえからほとんど変化していません。これだけでも驚異です。
13世紀ころイスラム教徒のインド征服後、インド古典音楽は北方系ヒンドゥスターニーと南方系カルナータカに別れ始め、その音楽理論も演奏スタイルにも大きな違いができました。
参考HP:インドの伝統音楽《Wikipedia》
デカン高原を境に北インド、ヒンドゥスターニー音楽はペルシャ音楽の影響を強く受けましたが、一方南インド、カルナータカ音楽は元来のドラヴィダ文化のシャーマニズム的な土着信仰に基づく音楽がそのままの形で現在に至っています。
北インド古典音楽の概要
シタールが演奏されるのは北インド、ヒンドゥスターニー音楽です。 北インド古典音楽を一言で表現すると、即興音楽と言えます。しかしそこには、旋律、特徴的な音の配列、強調される音、演奏される時間 季節、表現される感情などに関する規則があります。そしてこういった規則を表す概念を ラーガと言います。ラーガ(RAGA)には、心を彩るという意味があります。
北インド古典音楽を演奏することは、ちょうど白いキャンパスに絵を描いていくことに似ています。まず絵の具の数、色、基調になる色が決められます。色の数は5色、6色、7色と大まかに3種類に分けられます。これをインド音楽に当てはめると、それぞれ5音階、6音階、7音階ということになるわけです。(インド音楽にはこの3種類の音階があります)
そして使われる色、これはそれぞれの音ということですね、が決められ、その中で基調になる色(大事な音)が指定されます。その次に、使われる色の順番(音の動き方の規則)が決められるのです。そして、こういった規則に従ってキャンパスに自由に絵を描いていくというわけなのです。
静かに、ゆっくりと流れ始めるシタールが徐々に速度を増し、頂点にたどり着いたところでドラマティックにラーガを終えるという、スリリングでエネルギッシュな音楽です。
そしてプレイヤーはそのラーガのなかで、可能な限り自分自身の音楽性を表現していくのです。そのため、ある意味においてはジャズなどにも通じる音楽なのです。(右上の写真はヴィライヤット・カーンとラビ・シャンカールの貴重なショット)
インド音楽と西洋音楽
旋律と和声
ひとことで語るのはなかなか難しいのですが、いちばんの大きな違いは、インド音楽では旋律、単音を最も重要な要素としています。これに対し、西洋音楽では和声、または多声となります。もう少こし詳しく説明してみましょう。
インド音楽では、上記<北インド古典音楽>で説明したようにそれぞれのラーガによって使用される音、音の配列、そしてそれら音の中での最も重要な音(主 音)、2番目に重要な音(副主音)などが決められます。ある一つのラーガを構成しているそれぞれの音ひとつひとつが、調和のあるラーガの旋律を生み出す、 つまり個々の音が旋律を作り出す要素になるわけですね。
そして西洋音楽では和声、別の言い方をすればコード進行によって旋律が作られます。インド音楽のように主音、副主音などのように個々の音が重要なのではなくて、様々な和声によって作られた一連の音が、心地よく耳に響くかということにポイントが置かれます。
和声のないインド音楽では、長い歴史のなかでガマカと呼ばれる装飾音が様々な形で発達しました。このガマカ(音の曲線)は旋律の構成上欠くことのできない重要な要素です。日本の民謡などで使われる「こぶし」のような音で、旋律だけで単調になり易い楽曲に、装飾音を多様して、変化や厚みを持たせ、豊かな内容に作りあげます。
また微分音も多く使われ、この微分音は西洋音楽に耳慣れた人々に、非常に独特な風味を与えています。この微分音はアラブやペルシャ音楽にも多様されています。
ラーガの規則のなかには、旋律以外に演奏される時間、季節、表現される感情なども含まれますが、西洋音楽にはこうした規則などはありません。違った言い方をすれば、インド音楽の旋律のなかにはムード( たとえば、ユーモラスなムードの旋律とか、エロティックなムードの旋律など… )も決めらますが、西洋音楽では厳密な規則はなく、曲全体のバランスを整えるために使われるようです。
西洋音楽では人を引き付けるような美しい音色や音質、旋律などに注意を注がれますが、インド音楽では、ラーガの規則をどれだけ忠実に演奏するか、または歌唱するかと言うことに、ポイントが置かれます。
そして、旋律以外に忘れてはならないもうひとつの大きな違いは、ターラと呼ばれる拍子の変化です。インド音楽の拍子はなかなか多種、複雑で、それゆえ、インド音楽の楽しみを何倍にも高めていると言っても言い過ぎではないでしょう。ターラの話は、次の項目で詳しく説明したいと思います。
参考文献:「インドの音楽」H.A.ホフレイ/音楽の友社)
インド音楽の拍子
インド音楽のおもしろさのひとつはターラと呼ばれる拍子にある
インド音楽のおもしろさのひとつはターラと呼ばれる拍子にあると言っても、決して言い過ぎ ではないほど複雑であり、拍子の種類もまた豊富です。インド音楽を初めて耳にされる方は、主奏者とタブラ奏者がどんな規則のもとに演奏しているのかと不思 議に思われるのではないでしょうか。インド音楽で使われる拍子(ターラ)はサムと呼ばれる1拍目からスタートして、ちょうど円を描くように再びサムへと戻ってきます。
たとえば、シタール奏者(主奏者)が主題(決められた旋律)と即興を交互にくりかえします。主題から即興へ、即興から主題へ・・そして再び主題へ・・そのタイミングはシタール奏者が担います。
そしてそれに合わせて、タブラ奏者は、シタール奏者が主題を弾き始めると即興に入り、シタール奏者が即興を始めるとタブラ奏者はテカと呼ばれる基本パターンをたたく。
ちょうど、シタール奏者とタブラ奏者で仲良くキャッチボールをしているといった感じですね。
インド音楽のコンサートへ行かれた方は、ときどきシタール奏者(あるいは他の楽器の主奏者)とタブラ奏者が、顔を見合わせて合図をし合ったり・・笑い合ったりしている光景をご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
「なんだか、楽しそうだな・・」そんな風に思ったこともあるのではないでしょうか。
実はあの光景こそ、インド音楽の最大のおもしろさのひとつなのです。複雑な拍子を使いながら、即興を演奏し、主題と即興の境目であるサムに戻ってきたときに、両者がお互いを強調し合うのです。
「おい!うまくいったな!」「やったな!」っていう感じでしょうかね・・・
インド音楽の演奏を聴く方の側にとっても、この拍子を少しでも知っていると、シタール奏者とタブラ奏者の楽しい会話に参加できることになるわけですね。
なかなか難しいのですが、ターラの知識があると、インド音楽のおもしろさが100倍も・・たぶん、もっと・・増すということになるのはまちがいありません。
インド音楽のテンポ、速度のことですね・・はビランビット(遅い)、マディヤ(中くらい)、ドゥルット(速い)の3種類です。通常の演奏はビランビットから入って、ドルゥットに移り、さらにスピードが加速されて、最終段階のジャーラーで極限まで速められます。
ジャーラーの速度は演奏者それぞれの技量によるのですが、そのスピーディーな演奏は目を見はるほどに高められます。最後の最後の、聴かせどころ、聴きどころ、ですね。
北インド音楽は即興演奏
もうひとつのおもしろさは、やはり即興演奏でしょう
北インド音楽のもうひとつのおもしろさは、やはり即興演奏でしょう・・。一般的には「即興演奏はフリーな演奏、いまその場で好きに演奏すること」というように解釈していますが、北インド音楽で即興演奏と言う場合は少々内容が異なるのです。
ちょっと、哲学的に話をしましょう・・「自由」ということは大きな生命の営み、大宇宙の「秩序」のなかにあることで、もしその大宇宙の「秩序」を無視してしまうとそれはただ「放蕩」「混沌」・・ということになってしまうわけですよね。北インド音楽にある即興性ということも、これとまったく同じことなのです。・・
北インド古典音楽にもっとも近い音楽はジャズです。どちらの音楽もその即興性により強く生命力を吹き込ませるために、制約(秩序ということですね)が決められているわけです。
ジャズのコード進行にあたるものが、ラーガ、ビートにあたるものが、インド音楽ではターラと言うわけですね。ジャズでスキャットと呼ばれる演奏は、インド音楽ではサルガムといいます。
北インド音楽の場合、その比率は「規則:1即興:9」ということになります。ジャズとのいちばん大きな違いは、ジャズは直接わたしたちの身体に響き、体験される感覚そのものを表現しているのに対し、インド音楽では、深遠なインド哲学がその音楽のなかにまで入ってきているということです。
「たとえば何かひとつのラーガを習うとき、そのラーガの主題は基本的には短いのですが、主題は徹底的に覚えなくてはなりません。その主題が即興演奏のテーマになるわけですが、より重要なことは『そのテーマをもとにして、演奏者自身がどのようなラーガを作ることができるか』ということなのです。
インド音楽は西洋音楽のように固定された楽曲の完全なかたちが受け継がれるのではなくて、スタイルが受け継がれ、それにしたがって新しいものが作られていくのです。
故小泉文男先生によると・・
「たとえば音楽学校の先生が生徒に、このように歌いなさいと教しえるのではなく、このようなものを土台にして何か違うことをやりなさいと教しえるのである。インドの場合、伝統と違うものを作り出すということが伝統を受け継ぐことになるわけである」(『世界の民族音楽探訪』小泉文男)
つまり北インド古典音楽は、古典音楽でありながら、つねに演奏者の「今」を表現すること、即興演奏をたいへん重要視した現代・古典音楽なのです。
そしてわたしたち聴衆にとって、北インド古典音楽をさらに楽しく味あうことができるのは、ターラ同様、ラーガの主題・テーマなど規則を知っていると、演奏者が、いま演奏しているラーガをどのように即興しているのか・・と いうことがわかり、「わたしだったら、ああいう音の動きかたはしないな」とか「どうしてああいう音使いをしたんだろう」とか・・まあ、時にはいろいろと演 奏者の内面にまで入り込んで観察することができるようになったり・・?!、たいへんにおもしろいライヴ状況になると思うのですが・・
参考文献:「空想音楽大学」・「世界を聴いた男/小泉文男」)
北インド古典音楽で使われる主な楽器の紹介
Sitar<シタール>
今からおよそ700年前に、スルタンアッラーウディン(AD1296~1316) 王朝の宮廷音楽家だったアミールホスローという人が、インド古典音楽の楽器ヴィーナ(女神サラスヴァティが奏でている楽器)に改良を加えたと伝えられています。
その当時ペルシャから伝来したセターラという楽器の長所を取り入れたようです。
シタールのフレットは22個。その上に6本から7本の弦を張り、フレットの下には11本から13本の共鳴弦を備えています。フレットの上に張った弦を、右手人指し指にはめたミズラブという金属製の爪で弾きます。するとフレットの下の共鳴弦が共鳴し、シタール独特の音色が生まれるのです。
インド音楽に使用される楽器には、シタールの他にも共鳴弦を備えたものがいくつかありますが、他の国ではほとんど例を見ないようです。
シタールの「胴」と呼ばれる部位は干瓢・かんぴょうの中をくり抜いて加工したもので、それに紫檀またはチーク材でできた長さ1メートルほどの「棹」と呼ばれる部位がついています。
その棹に先ほどのフレットがついています。フレットはギターなどのように指板に埋め込まれているのではなく、アーチ型に湾曲したもので、それは棹の上を自由にずらせるように工夫されているのです。
表面には装飾がほどこされ、たいへんに美しい楽器です。シタールはインド音楽の持つ微妙な音使いをするのに、非常にうまくできていて、プレイヤーは様々なテクニックと才能を存分に表現できるのです。
Anjali Indian Music 伊藤公朗が使っているシタールには、フレットの上に張られた主奏弦を6本張ってあります。弦のうちの1本はドローン(基音)弦と決められていて、この弦だ けは銅製で、他の5本はスチール弦です。5本のスチール弦のうちの1本がラーガの旋律を奏でるための弦で、残りの4本はリズムを刻むための弦で、チカリ弦 と呼ばれます。
一人でリズムを刻みながら、旋律を奏で、しかも共鳴弦(伊藤公朗のシタールは12本)が鳴り響いているので、熟練したプレイヤーの手にかかれば、とても一つの楽器で演奏しているとは思えないほどの、まるで小さなオーケストラのような音が生まれるのです。
Tabla<タブラ>
北インドの代表的な打楽器で、左手で奏する低音のバーヤ、右手で奏する高音のタブラの大小一対を総称して「タブラ」といいます。
張られた皮は山羊皮でその表面に黒鉛やマンガンで塗り固めた、黒い円形の部分がついているのが特徴的です。
タブラは主奏者(主奏楽器)の基音にチューニングします。あらゆる言葉を表現できると言われています。
Tambura or Tampura<タンブーラまたはタンプーラ>
インドの弦楽器の中では、最も一般的な楽器として知られていて、常に開放弦(弦を押さえない)で演奏されます。
歌や演奏される旋律に、豊かな、よく響く持続音の伴奏をします。弦の数は4~5本。